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まんがタイムきららの4コマ漫画がすごいことになっている2025

  • 2025-01-03
  • 2025-01-04
  • 読書
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まんがタイムきらら作品のセールに合わせたおすすめ作品の紹介です

 まんがタイムきらら作品の1巻が110円〜の大特価になるセールが開催されています。いまだに蔓延っている萌え4コマってヤマもオチもないんでしょ?という偏見を改めて欲しいと思い、セール対象の中からおすすめの作品について選んで書きました。

(*)本文中では発表年は単行本1巻の発売日に基づいています。また4コマが縦に2列以上並んでいる場合は、2列目以降を5コマ、6コマ……とカウントします。

ストーリーがすごいことになっている

 女子高生4~5人のヤマもオチもない牧歌的な日常が描かれていて、喧嘩もしないし辛いこともなにもない……といった作品はむしろ少なく、多様なストーリーの作品があります。

妖こそ怪異戸籍課へ』(2021)

 いろいろな「妖怪」が住んでいる日本を舞台に、妖怪の無戸籍者を手助けしたりする「怪異戸籍課」の活躍を描くお役所ものアーバンファンタジー。
 社会がごく標準的な人間向けに作られているため、風変わりな見た目や個性をもつ妖怪たちは何かと苦労したり孤立したりしがち。しかも妖怪を積極的に取り締まろうとする「妖異対策課」にも追われています。怪異戸籍課の仕事は無戸籍の妖怪を登録するだけでなく、社会に馴染めるよう手助けをすること。人間と妖怪双方の誤解を解き、個性を活かせる職を見つけ、継続的に交流を続けながら、社会に溶け込めるようにしていきます。妖怪が社会で暮らしていたら?をリアルにシミュレーションしているのがとても面白いです。
 でもこれって現実での移民、マイノリティ、障害がある人などが直面している出来事のメタファーだし、多様な存在を包摂する社会を目指す話でもあるんですよね。妖怪というモチーフや4コマの気軽さを借りてコミカルな空気にしながら、これだけ社会派のテーマを正面からやっている。魔法少女とまぞくという相容れない存在の共生を描いた『まちカドまぞく』(2015)もそうであったように、まんがタイムきららは包摂の物語を描いてきた雑誌でもあります。

またぞろ』(2021)

 留年生×3が送る人間へたくそ青春コメディ。本作の主人公・穂波殊(こと)には生活全般が苦手なあまり引きこもって留年してしまった過去があります。気弱系の主人公は『こみっくがーるず』(2015)や『ぼっち・ざ・ろっく!』(2019)などである程度定番になっているものの、穂波殊はただ陰気なだけではなくコミュニケーションや計画的な行動といった社会生活に必要なものごとすべてがうまくいかず、逃避してさらに負債が膨れて精神を圧迫する負のループに入っており、これほど冗談にならない描かれ方のキャラクターは今までいなかった印象があります。しかも仲間ができたからといってすぐにどうにかなるわけではなくて、やはり生活の下手さで失敗を重ね続ける。そして別に主人公だけじゃなくて、周囲のみんなも大人も何かしらのダメさ抱えながら、それでもなんとかやっていく様子が描かれていきます。

『またぞろ。』1巻102ページより引用
『またぞろ。』1巻102ページ

 "きららジャンプをするアニメ"で物事が都合よく進むことを羨ましがる、あまりにも自己言及的なシーン。「現実もこんなだったらいいのになあ」と先生が言うように、この作品は箱庭の話ではなく現実を志向していて、だからこそ現実でうまくいかないわれわれを励ましてくれます。

きもちわるいから君がすき』(2022)

 きらら作品のパブリックイメージとして「百合っぽい」がよく挙げられますが、アニメ化もされた『桜Trick』(2012)に代表されるように実際には「っぽい」ではないガールズラブ作品も数多く存在します。さらに『NEW GAME!』(2014)でも完結巻では同性婚が描かれています。
 本作も「百合っぽい」ではなく正面から恋愛を扱う内容。コミカルな変態コメディを装いつつも、コンプレックスやいびつな欲望が絡んだ独特の恋愛観が暴かれていくサスペンス、それらの思想がぶつかり合う迫力のバトルが描かれたりします。大胆かつ繊細、意外性にも溢れた読み応えある恋愛ストーリーです。

表現もすごいことになっている

 小さな四角い枠に収まるようにバストショットか顔アップの美少女イラストが描かれている素朴な4コマ漫画のイメージを覆すような、独自の進化を遂げた作品が多数あります。

エンとゆかり』(2020)

 ファンタジー世界を舞台にしたアクション冒険ストーリー。とにかく絵が上手く、さらに4コマでアクションを描くにあたって見たことのない表現を開拓している点が魅力です。

『エンとゆかり』1巻88ページ
『エンとゆかり』1巻88ページ

 1-2コマ目はコマ枠ごと飛び越えて空中に飛び上がっている様子を表現しつつ、カメラのチルトのような視覚効果をもたらしています。さらに敵の剣を区切りに見立てつつ斬られたと思わせる6-7コマ目、そして実は受け止めていると明かす8コマ目。平面的になりやすい4コマに"高さ"を導入した上、コマの区切りや上から下へと読む視線移動を活用してアクションが組み立てられています。このページだけでなく、これ以降も斬新なアクション描写が次々と登場します。ただアクションをするのでなく、4コマの制約を守りつつ、4コマの視線移動やコマの形状の特性を活かしたアクションになっている点がすばらしい。

Vドライブ!』(2024)

 チヤホヤされるほど強くなる、VTuber×特撮モチーフの変身ヒーローアクション4コマ。『魔法少女イナバ』で話題になった猫にゃん先生の連載作です。
これもかなりの超絶技巧をやっています。

『Vドライブ!』1巻39ページ
『Vドライブ!』1巻39ページ

 まず右側では4コマの途中で枠を放棄することで急襲を表現。左の4コマは枠線がないぶち抜きで流れるようなアクションを表現しています。枠線がないにもかかわらず、フキダシやエフェクトを枠がわりにして4コマとして読めるようになっています。しかも4コマの中に4コマが入れ子になっています。

『Vドライブ!』1巻39ページの解説
『Vドライブ!』1巻39ページの解説

 余談ですが枠を使わずに4コマを表現するテクニックは初めて登場したものではなく、それなりに歴史があります(参考1, 参考2, 参考3)。また単行本の範囲外ですが、『Vドライブ!』16話には『エンとゆかり』1巻11話の枠ごと斬る表現のオマージュがみられます。4コマの表現の拡張はつい最近に始まったものではなく、長く研究され、受け継がれてきたものであるといえます。

妄想アカデミズム』(2024)

 アクション作品以外でも興味深い表現方法があります。『妄想アカデミズム』(2024)は百合妄想パワーで東大合格を目出す受験×百合コメディ。

『妄想アカデミズム』1巻13ページ
『妄想アカデミズム』1巻13ページ

 現実から妄想の世界へとシームレスに入っていく表現方法が面白いです。1~5コマ目までは現実なのに、6コマ目では現実が背景に追いやられるようにして遠のいていき、現実を背景にしたまま7コマ目から妄想の世界(角が丸いコマ)が前景に現れます。レイヤー表現を使った妄想への没入表現がユニーク。他のページではコマ枠がまるごと想像をあらわす雲型になっていたり、下のコマへむけて吹き出しのシッポが出ていて今までの描写が妄想だったとわかったりします。いずれも4コマでないと不可能な表現になっています。

実は昔からすごいことになっていた

 ここまでは2020年頃の比較的新しい作品を選んできましたが、固定観念からの脱却を目指す試みは2011年頃から始まっています。

──創刊前に思い描いていたビジョンと、実際に創刊してからのきららの姿を比較して感じたことはありますか?

これは2010年ごろ特に感じていたことなのですが、「女子高生」があそこまできららの代名詞になるとは想定していませんでした。創刊前の企画書にはむしろ「SF」や「ファンタジー」という言葉を使っていて、今までのファミリー4コマが描いてこなかった題材を積極的に取り入れていこうという趣旨の雑誌だったんです。

ただ、最初に『ひだまりスケッチ』がアニメ化し、『けいおん!』、『GA 芸術科アートデザインクラス』と続いていって、きららといえば女子高生4・5人の学園ものという印象が我々の想像以上に強くなってしまった。もっと4コマに多様性を見出そうと思って企画したきららが、いつの間にか多様性のなさの象徴みたいになってしまっていたんですね。どこかで一度その固定観念を壊して、新しいきららの形を作らなければいけないと思い、2011年に「まんがタイムきららミラク」を創刊しました。

出典:【転載】芳文社創立70周年を迎えて。「まんがタイムきらら」編集長が考える“これからの日常系”の形|まっしろライター

 女子高生で学園で日常ではない作品はずっと存在しているし(今回のセールの中では『棺担ぎのクロ。〜懐中旅話〜』(2006)や 『夜森の国のソラニ』(2012)は傑作ファンタジーだし、ニートが主人公の『空の下屋根の中』(2009)は風刺エピソードも交えており時事問題っぽい)、日常系でも奇想やSF要素を含む『月曜日の空飛ぶオレンジ。』(2012)や『アキタランド・ゴシック』(2012)や『ぬるめた』(2021)、日常モノかと思わせてメタな展開を見せ世界の真相に迫っていく『スクール・アーキテクト』(2015)、借金まみれの女と魂を取りにきて帰れなくなった死神のろくでもない同居コメディだけど終盤で本当に死んでしまう『死神ドットコム』(2021)など「日常系」というジャンルそのものに対する批評性をもつ作品も多数あります。
 そもそもアニメ化されたきらら作品の大ヒット作も、ちゃんと向き合えば「ヤマもオチもない」という評価が正しくないことがわかります。たとえば『ゆゆ式』(2009)は必ずしも無条件に以心伝心している仲というわけではなく、どうしても会話の歯車が噛み合わない瞬間があり、場や関係を維持するため時には敢えてボケたり道化を装ったりするなどといった打算や賭けをふくむスリリングなコミュニケーションが描かれることがあります。『ステラのまほう』(2013)は創作の決して楽しいばかりでない側面を乗り越える話が描かれていたし、原作終盤ではラスボスとして高校時代の部活の思い出から先へ進めないでいるOGの先輩という日常系の負の側面を具現化したような存在まで登場します。アニメでは"かわいさだけを、ブレンドしました。"と題された『ご注文はうさぎですか?』(2012)も、後の展開で人間関係が大きく進展したり、現実と幻想が交錯するメッセージ性の高いエピソードも描かれたりしています。最近FOD以外でもアニメ配信が解禁された『星屑テレパス』(2020)も楽しいことばかりでなく衝突や挫折も乗り越えていく本格的な青春ストーリーが魅力。ぜひ見てほしいです。

追記

思ったより反響があったので、セール対象外の作品も含めて追加でおすすめ作品を紹介。

マグロちゃんは食べられたい!』(2022)

 マグロ好きの人間と捕食されたがる元マグロという「ミノタウロスの皿」を思わせる設定のコメディ。ギャグタッチに描かれながらも、全く異なる価値観の存在と安易にわかりあう展開にもせず、かといって絶望して諦めたりもせず、ただひたすらに共存の道を模索し続けます。そしてもしどちらかを選ばなければならない時が訪れたら、わたしたちは倫理の彼岸を渡ることはできるのか?衝撃のラストをぜひ読んで欲しいです。

しあわせ鳥見んぐ』(2021)

 芸大生×バードウォッチングをテーマにした4コマ。ディテールまで正確かつリアルに描かれる鳥の描写が話題になった他、漫画表現も面白い注目作です。

『しあわせ鳥見んぐ』1巻98ページ
『しあわせ鳥見んぐ』1巻98ページ

 1~3コマ目は4コマが縦長な媒体であることを生かしてぶち抜きで電柱を描いて高さを表現しつつ、背景には広々とした景色が描かれています。広角レンズ風で格好いい。ぶち抜きのコマに高さだけでなく遠近感も加えることで、読者の視線移動に合わせて上空から地上へとカメラを下に振るような視覚効果が生まれます。5コマ目でカメラを構えているので6コマ目からは視点が切り替わってカメラ越しの視界へ移ったこともわかります。漫画なのに映像が思い浮かぶような表現をしているのがとても面白いです。

おわりに

 きららアニメは見ていても原作漫画は読んでいないという人が多い印象があります。また漫画評論などをしている人でも4コマは専門外という人も結構いるようです。雑誌や単行本を買わなくてもきららベースCOMIC FUZである程度まで無料で読むことができるので、ぜひ4コマ漫画を読んでみて、ストーリーの多様さや斬新な表現を知ってほしいです!
 ここまで単行本を紹介してきましたが、雑誌では意欲的な読み切りも多数出ています。COMIC FUZのサブスクに登録すると雑誌発売日の0時に電子版が最速で読めるので、プログレッシブな表現や次にくる作品を追いかけたい人は加入してみてください。

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